千葉県佐原税務署などが本人に無断で、大量の住民票の写しを香取市に交付請求していた問題が発覚しました。全国商工団体連合会(全商連)と千葉県商工団体連合会(県連)、佐原民主商工会(民商)は4月12日、国税庁にヒアリングを行い、橋沢政實県連会長をはじめ7人が参加。「税務署はなぜ、住民票の写しを本人に無断で取得するのか」「納税者を犯罪者扱いするな」と抗議しました。
佐原税務署などが住民票の写しを本人に無断で入手した問題を抗議した国税庁ヒアリング
この問題は2015年8月に税務調査を受けた佐原民商の松下博さん(仮名)=小売=が行った情報開示請求で明らかになったものです。佐原税務署は税務調査に入る前に松下さんに無断で「世帯全員分」の住民票の写しを香取市から入手していました。「プライバシーの侵害ではないか」と思った松下さんは、香取市に情報公開請求を行ったところ、2016年4月から2017年11月までの1年8カ月間に、香取市民のおよそ700世帯の世帯全員分の住民票の写しが佐原税務署をはじめ東京国税局、金沢国税局、関東甲信越国税局、京橋税務署、市川税務署、麻布税務署など各地の国税局や税務署に本人に無断で交付されていました。
松下さんは請願書を提出し、税務署などが住民票の写しの交付請求できるのは税務調査について「必要がある場合」と限定されている(国税通則法74条12の6)ことを指摘。しかし、国税庁は「住民票の写しの交付請求は住民基本台帳法(第12条)で認められており、税務調査に入る前に納税者の所在確認と家族構成を調べるための情報収集であり、税務調査の一連の行為」と正当化し、以前から全国の税務署で行われていることを明らかにしました。
参加者は「税務調査は国税通則法に基づき、事前通知をしてから納税者の協力を得て行われるもの。住民基本台帳法とは全く違う。納税者の住所は本人に直接確認すれば済む問題。なぜ、調査前に住所や世帯構成を確認する必要があるのか」と追及。国税庁は「住民票の交付請求は住民基本台帳法に基づく範ちゅうで、基本情報確認のために行っている」との回答を繰り返しました。
松下さんがさらに問題にしたのは、佐原税務署が「住民票等写し交付請求書」の中で「請求事由を明らかにできない理由」欄に「税務調査等に関する情報を第三者に明らかにすることにより、証拠物等の仮装・隠蔽につながるおそれなどがあるため」と記載していることです。
「犯罪捜査に関するものその他特別の事情により請求事由を明らかにすることが事務の性質上困難であるもの」住民基本台帳法12条2の2の4)を根拠に交付請求できるとの主張に、松下さんは「納税者を犯罪者扱いにしているのか」と強く抗議。国税庁は「仮装・隠蔽という表現は国税庁の通達から引用されているもので、適切な表現ではない。おわび申し上げます」と謝罪し、「文言や様式を見直す」と回答しました。
橋沢会長は「犯罪者扱いをされて香取市民は大変不愉快な思いをしている。住民基本台帳法で認められているから行うという立場ではなく、本人に確認できることは本人に確認するように改め、納税者の立場に立った税務調査を行うべき」と再度、要望しました。
ヒアリングには大門実紀史参院議員(共産)が同席しました。
後日、国税庁は「住民票等写し交付請求書」のマニュアルを改訂し、「請求事由を明らかにできない理由」欄に記載する文言を「請求に関わる住民のプライバシーに対する配慮が必要なため」と改めました。
千葉県連と佐原民商は5月11日、香取市と交渉。税務署等からの住民票等の写しの交付請求については納税者本人の同意を得ること、無断交付しないことなどを求めました。
「税務署による交付請求は法律上問題ないと顧問弁護士から言われている」と回答。参加者は「『税務運営方針』に反しているではないか」「市の個人情報保護条例で明記されている『具体的に必要不可欠でやむを得ない理由があると認められる場合にだけ交付してよい』という規定を厳格に守っているか」と市の姿勢をただしました。
また、「本人以外の第三者から住民票等の写しの交付請求があった場合は、速やかにその旨本人に通知する制度を設けること」を要望。市は「すでに導入されている自治体の状況などを参考にして、前向きに検討したい」と回答しました。
「個人情報保護法に、『個人情報の不適切な提供等があった場合は、本人の請求に基づいて利用停止等の請求が行われる』という規定がある。市としてもこの規定を重く受け止めて交付側の責任を考えてほしい」との要望について市民課課長らは「この請願書をよく読み、理解して各方面に話をしたい。今回のことで私たちもたくさんのことを気付かされた」と述べ、かたくなだった態度を改め、要望に理解を示しました。
住民票は、市町村長、特別区の区長が、その住民について個人を単位として作成した書類である。住民票には氏名、生年月日、男女別、世帯主か否か、世帯主との続柄、戸籍の表示、住所、住民となった年月日、国民健康保険、介護保険、国民年金、米穀の配給、選挙人名簿、児童手当など私生活に関する事項が記載されている(住民基本台帳法7条)。
私生活をみだりに公開するなという権利は「個人の尊重」(憲法13条)の原理から導き出される。私生活の自由は当然、権力側が保障しなければならない。
住民票には私生活に関する事柄が記載されている。そこで住民基本台帳法は、「個人の尊重」のために、職員と委託業者等に「秘密保持義務」を課し(30条の26および30)、これに違反したものは「2年以下の懲役または百万円以下の罰金に処する」としている(42条)。
地方公共団体は、統治の仕組みを住民の意思によって決める(憲法92条)。
地方自治法1条の2は、地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本とするとし(1項)、国は、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならないとしている(2項)。
したがって、住民票を提供した市側は、憲法の地方自治(92条)・個人の尊重(13条)、住民基本台帳法の守秘義務(30条の26および30)、地方自治法の住民の福利(1条の2)などを侵害している。
一方、住民票の提供を求め、必要性がないのに住民票を収集した税務署は、憲法の租税法律主義(30条、84条)、個人の尊重(13条)及び、国税通則法(74条の12)に違反している。
国税通則法「当該職員の団体に対する諮問及び官公署等への協力要請」(74条の12)の1項と6項は次のように規定している。
「国税庁等の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、事業を行う者の組織する団体に、その団体員の所得の調査に関し参考となるべき事項(団体員の個人ごとの所得の金額及び団体が団体員から特に報告を求めることを必要とする事項を除く)を諮問することができる」(1項)。
「国税庁等又は税関の当該職員(税関の当該職員にあっては、消費税等に関する調査を行う場合に限る)は、国税に関する調査について必要があるときは、官公署又は政府関係機関に、当該調査に関し参考となるべき帳簿書類その他の物件の閲覧又は提供その他の協力を求めることができる」(6項)。
上記規定は国税当局が「必要があるとき」に使うことができるのであるが、700世帯もの住民票を収集する必要性はまったく明らかにされていない。
納税者を抑圧監視しているのが国税通則法の74条の12(「当該職員の団体に対する諮問及び官公署等への協力要請」)であり、この規定が悪用されたことに注意が必要である。
<全国商工新聞2018年6月4日付記事より>